決断前夜

このままずっと、この状態で生きていくんだろうか。

そんなことを日々、ぼんやり考えていた。
手術を決める前の私は、漠然とした不安を持ちながらも日々の不調をどう扱っていいか
分かりませんでした。

何をするのもしんどくて、気力が出ない。
少し動くだけで疲れてしまって、すぐに横になりたい。

ちゃんと休んでいるはずなのに、回復している感じがしない。
ずっと頭も身体も重い。
スッキリしないまま、毎日が過ぎていく。

「ある日突然、元気になったりしないかな」

そんなふうに思いながら、焦る気持ちからも、
本当は気づいていることからも、

ずっと目を逸らしていた。

目次

診断

前職を退職する1年前の健康診断で、
私は、子宮筋腫の診断を下されました。

その前の年の健康診断では全く何もなかったのに。
急激な仕事量の増加、ストレスで子宮に負担がかかったんだと
今なら分かります。

女性のマイナスエネルギーは子宮に溜まるので。

でも、その時の私は、自分が女性でいることを否定されたような
そんな気持ちになりました。

MRを撮影して、緊急性はない、と診断されたので、
そのうち治るかもしれない、と希望を持ってもいました。

そして、私は、子宮筋腫の存在を日常から徐々に遠ざけてしまったんです。

身体には貧血の症状が強く出ていました。
実際に貧血の診断を受けて、鉄剤を飲んだりもしましたが、
根本的な治療には至りませんでした。

4年間の揺れ

実は、私はこの状態を、すでに4年くらい続けていた。

少し楽になる時期もあって、
「もう大丈夫かもしれない」と思うこともあった。

けれども、少し動くとまたしんどくなって、
やっぱりまだ治ってないんだ、と実感させられていた。

少し動いては、休む暇を探している。
外に出掛けたら、2~3日は休みたい。

そのたびに、「やっぱり何かおかしいのかもしれない」と思いながらも、
どこかでそれを認めたくない自分がいた。

自分に病気があるなんて信じたくなかった。
私は、見て見ぬふりを決め込んだ。

なんなら、「もう治ったことにしよう」と思い込もうとしていた時期すらあった。

スピリチュアルな生き方を勉強して、
ヒーリングを習得して、なんならそれで治ったことにしようとしていた。

本当はただ、怖かった。

何かがおかしいことは気付いていたけれど、
自分の身体を直視することが怖かった。
それに、手術しないといけない病気があることも怖かったんです。

同時に、そんな身体になってしまった自分や環境を責めたりもしていました。

見て見ぬふり

何も対処しない、と決めたわけではありませんでした。
今振り返ると、直視するのが怖くて、先延ばしにしていたんです。

ふとした瞬間に、
「やっぱり何かおかしいかもしれない」と思うことは何度もありました。

でも、そのたびに、考えないようにして、
大丈夫な理由を探して、
「きっとそのうち良くなる」と自分に言い聞かせていました。

病院に行くことも、検査を受けることも、
どこかでずっと避けていた。

誰か、もう治ってるよって言って。
いつもそう思っていました。

ヒーリングをかけても半信半疑。
治るとも思えず、すがるものを探していたように思います。
向き合うことが本当に怖かった。

そんな風に見て見ぬふりを続けていた私に、ある日
ようやく向き合うことになるきっかけが起きた。

限界

そんな風に見て見ぬふりを続けていた私に、ある日、
ようやく向き合うことになるきっかけが起きました。

外出していて、2~3時間お手洗いに行けない状況になった時、

「今ここで座ったら、ヤバい」

そんな感覚が、はっきりとありました。

「前はこんなことなかった」と。

その瞬間、今までごまかしてきたものが、
一気に現実になったような気がしました。

これはさすがにおかしい。

ようやく、そう思えて、
「一度ちゃんと病院で検査をしよう」と思いました。

その夜、知人の看護師に相談すると、
「すぐに病院に行った方がいい」
「このままだと、子宮を全部取ることになるかもしれない」

そう言われました。

あまりにも強い言葉に、正直、怖くなりました。

知り合いは、我慢して手遅れになった人を何人も見てきた、と言いました。

その話を聞いたとき、

「あぁ、私はずっと、自分の身体を後回しにしてきたんだ」

そんなふうに、ようやく思えたと同時に

やってしまった。

後回しにした結果、
取り返しがつかないところまで来てしまったかもしれない。

どうして、あんなにしんどかったのに、
私は何もしてこなかったんだろう。

そんな後悔が、一気に押し寄せてきました。

決めた瞬間

このままなのかなぁ、と思った。

でも、それは嫌だな、とも思った。

本当は、もっと人生を楽しみたいのに、
何もできない。

そんな自分で、この先ずっと生きていくのかな、って。

手術をしたら良くなるかどうかは、分からなかった。

でも、もし少しでも可能性があるなら、と思った。

気づいたら、貧血のない世界を忘れてしまいそうだった。

元気でいられる感覚も、
思い出せなくなりそうだった。

仕事に出ることも、もうできないかもしれない。

旅行に行きたい、とすら思えない。

こんな人生でいいのかな、って思った。

後悔が押し寄せてくると同時に、

「このままじゃ、だめだ」

そう、はっきりと思いました。

このまま何も変えずにいたら、
本当に取り返しがつかなくなるかもしれない。

手術をすることは、怖かった。

でも、それ以上に、
「このままの状態で生き続けること」の方が、怖いと思いました。

だから私は、

「ちゃんと治療しよう」

そう決めました。

不思議と、その決断をしたとき、
胸の中がすっと通るような感覚がありました。

手術までの日々

「ちゃんと治療しよう」と決めてからも、
すぐに何かが良くなったわけではありませんでした。

むしろ、その後の日々は、
思っていた以上にしんどいものでした。

ホルモン剤の影響で、
身体も、心も、今までとはまったく違う状態になっていったのです。

常に気力がなくて、
何をしていても疲れている。

身体のだるさもあったけれど、
それ以上にしんどかったのは、
自分の内側に出てくる声でした。

自分を責め続ける声。

過去の自分を否定する気持ち。
今、生きている自分すら、否定してしまうような感覚。

気づくと、ずっと自分を責めていました。

「これ、いつまで続くんだろう」

このまま消えてなくなりたい。
なんで生まれてきたんだろう。
全ての言葉を否定的に受け取って、
このまま自分に押しつぶされてしまいそうでした。

毎日が本当にしんどかった。
「これは薬の影響だから」
そう思おうとしても、
「もし、そうじゃなかったら?」と不安になる。

そして、私はずっと自分と向き合っていました。

出てくる感情に対して、
「どうしてこんな気持ちになるんだろう」
「本当はどうしてほしかったんだろう」

そうやって、自分に問い続けていました。

でも、向き合ったからといって、
楽になるわけではありませんでした。

自分を責める声は止まらず、
内観をしても答えにたどり着けない。
たどり着いた答えもまた次の日には
自分を責める材料になる。

その繰り返しで、
押しつぶされそうでした。

それでも、その時間を通して、
少しずつ気づいたこともありました。

私は自分の人生の責任を常に誰かに負わせようとしていました。
家族、友人、同僚・・・

誰かに助けてほしかったし、
愛されていると感じたかった。

愛されていない自分を責めていました。でも、
一番、自分を愛していないのも、自分だったのです。

自分に優しくしよう。
何を思われてもいい。
手術までの間は、頑張らずに過ごそうと決めました。

力を抜いていくと、自分がいかに頑張って過ごしてきたか、
よく分かりました。

動けない日が増えて、
気づけばほとんど横になって過ごしている。

「こんなに休まないといけなかったんだ」と、
初めて気づきました。

そして、
「こんなにしんどかったんだな」と、
初めて、自分の状態をちゃんと受け止められた気がしました。

それでも常に自問自答して、
正直、やめたくなったこともありました。

それでも踏み切ったのは、
「元気になりたい」
その気持ちが、最後まで残っていたからです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
続きは、近日中に書きたいと思います。

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